2015年春のドイツ旅行(12)アシャッフェンブルクとミルテンベルク

こんにちは。ともたろです。
最後の町に落ち着いたので、ゆっくり8時すぎに起床。

「ドイツはパン食の国」だと私は思っています。
栄養価の高い黒パンにこだわり、パンにあうハムにこだわり、
そしてチーズにもこだわって…そんなドイツにおいても
近年はスーパーの「トースト」の消費量が増加中とのこと。

トースト…私も一度は体験したかったんですけど。
工場生産のパンは、予想通りのぱさぱさ感でして。
一食試しただけで、もう飽きてしまいました。
翌日からは、自分の購入したパンを食べました。
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今日からフランクフルトを基点に複数の町をはしごします。
州を越えるので、チケットがややこしいんですよね。
まずは駅の旅行センター窓口に頼んで、チケットを確保しました。
外国人にとっては、大都市の「ゾーン」の概念がわからんのです。
これは長く住まなきゃ覚えないですよね。とにかく3日分をゲット。
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最初に向かったのが、アシャッフェンブルクです。
10時5分にフランクフルト出発、ダルムシュタットで乗換、
11時13分にアシャッフェンブルク駅に到着しました。
1時間の通勤圏でありながら、なんとバイエルン州なのです。
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私には、この町の情報がほとんどありませんでした。
町のインフォメーションないし「抑えておくべき歴史建造物」
を目指して、ひたすらカンで突き進むだけです。
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大通りが「こっちよ」と言っているので、こっちへ。
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城門が「旧市街はこっちよ」と言っているので、あっちへ。
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ほら、道はおのずとつながっていくのです。
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そして、ヨハネスベルク宮殿へ。
この堂々とした佇まいはなんでしょう。
14世紀の城門跡を再利用しながら、
ドイツルネッサンスの最重要建築が1614年に完成しました。
19世紀初頭まで、この町はマインツ司教区に置かれたため、
この宮殿も大司教の第二宮殿として使用されていたのです。
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第二次世界大戦で破壊されたあとに再建。
全体的に新しくて綺麗な印象は、そのためでしょうか。
入場券を購入したあと「階段の間」から見ていきましょう。
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確かにここは、城というより宮殿です。
城主の生活感が、あまり出ておりません。
部屋を移るたび、延々と絵の展示が続きます。
それもそのはず。ここは州の美術館だったんですよね。
クラーナッハをはじめとしたドイツやネーデルランド
の画家の作品が贅沢に展示されています。
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立派な司教の祭服が展示されていたのは、
マインツとの関係があったからか。なるほど。
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豪奢なルネッサンス式祭壇を備えた教会。
現在はコンサートホールにもなってます。
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ここから、侯爵の居城スペースに入ります。
まずはピンクでしつられた「寝室」から。
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だいたい「侯爵」が誰なのかよくわかってない私。
「バイエルン候」ってことでいいんだろうか???
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時計があるのは「社交部屋」です。
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ここは「書斎」かな。
いや~普通は何か説明が書いてあるよね。
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バイエルン王ルードヴィヒ1世発見!
お城の所有はバイエルンですものね。
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「薬部屋」。
ドールハウスが好きな人にはたまらない精密さ。
できれば1つ1つ引き出しを開けてみたかった。
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出口に近いところにあったので、
お使いの「謁見の間」とか?(←推測)
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こじんまりとした「ベッドルーム」。
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楽器があるので「娯楽室」かな。
タピストリ―が目を引きますが、
いかんせん説明がなさすぎます。
適当な解釈ですみませんでした。
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もうひとつ付け加えておくと、この宮殿内には、
膨大な数のコルク製古代建造物コレクションが展示されていました。
確かに圧巻ですけど、なんでローマ?なんでギリシア?なんでパリ?
帰宅後に調べたら、ルードヴィヒ1世のこだわりだったことが判明。
ああ~建築好きでしたものねぇ。要するに、この宮殿を所有下に
置いたバイエルンは、歴史上のマインツ色を払しょくしようとして、
なんかわけのわからない由来の宮殿になっちゃったんですね。
な~るほど。

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中庭に市民が入っていきます。
ついて行ってみると、図書館の入口がありました。
まあ~なんと、いろんな使い道があるもんだ!
あちこちの部屋が小出しにレンタルに出されているし。
市民に大きく門戸が開かれている宮殿なんですねぇ。

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中世の城壁もしっかり残っていて、
庭が綺麗に手入れされていました。
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この川はマイン川。
フランクフルトの私のアパートにまで続いています。
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宮殿を出た後は、旧市街の散策にでました。
面白い形の教会が見えたので、行ってみました。
「聖母教会(Unsere Liebe Frau)」というんですが。
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いきなり、このフレスコ天井画ですよ。
この教会の成立は、12世紀まで遡ります。
18世紀の後期バロック時代に、新たに再建されました。
第二次大戦で被災したあと、また同じ様式で再建されたのです。
だからウィーンのバロック建築家ヒルデブランドのような、
重厚感あふれる建築美が今に再現されているんですね。
これがカトリック教会の様式美なのよね。
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聖ペーター&アレクサンダー教会。
951年に修道院としての建築がスタート。
美しいロマネスク様式の教会堂の一部がまだ残っています。
(再建を重ねて、でこぼこになってる感じが私は好きです)
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特に注目すべきは、1245年に完成した
64の列柱を持つ回廊です。
またもや、アーケード!
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教会内部の装飾も、重厚感がありました。
ここには、結構長い時間滞在していました。
内装について、あちこちを指さしながら、
ずーっと話し込んでいるドイツ人もいました。
やっぱり、歴史ある教会はいいですね。
そして…なんといってもカトリック教会が、
教会建築史的には面白い背景を背負ってますよね。
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こちらはバッハホール。
1824-1920年までカジノだった歴史もあり。
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ここはプロテスタントのキリスト教会。
19世紀の新ゴシック建築の教会でした。
やっぱり扉には鍵がかけられていました。
いいもんね。中に入れなくたって。
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イエズス教会美術館を通り抜け、少しずつ早歩きになる私。
素敵な町でしたが、そろそろ収拾をつけなければいけません。
13時40分発の列車に乗って、次の町に行きたかったのです。
時計を見ると20分前。駅までは結構歩くはずだぞ~(汗)
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…結局汗だくになって、走ってました。
次の目的地は、ミルテンベルク。一応バイエルン州です。
「マイン川の真珠」と呼ばれる「かわいい中世の町」です。

下校途中の小学生に挟まれながら、検札にきた女性車掌に
「ミッヘルシュタットへの乗換は?」と質問をしました。
ミッヘルシュタットというのは、ミルテンベルクの近くにある
「かわいい中世の町」。近いからすぐに行けるだろうと思ったら、
女性車掌さんのまあ調べたこと!結局とても不便なことが判明。

要するに、ミルテンベルクはぎりぎりバイエルン州なんですが、
ミッヘルシュタットは隣のヘッセン州に属しているんですよ。
州が変われば(辺境では)電車の接続もうまくいかない模様で。
「ミルテンベルクのあと、ミッヘルシュタットにも寄ろうかな」
という私の野望もここで崩れ去りました。
よし、今日の午後はミルテンベルクに集中しよう。
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ミルテンベルク駅に着いたのは、14時半頃。
この町の情報も(私の努力不足ゆえに)あまりないので
人の後を追って、旧市街らしき方向に歩き出しました。
郵便局や税関事務所を横目に、バス通りを15分ほど歩くと、
マイン橋の上にでーんと構える「橋の門」にたどり着きます。
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圧巻なお出迎えですが、マイン川に橋が架かったのは1900年。
門ができたのもその頃なので、そう古い建築ではありません。

この門をくぐって、奥に見える旧市街に入りたかったんです。
でも車道が左右に分かれて、低い位置にある町に行けません。
車の流れに沿って、なんとなく左側に向かってしまいました。
そして大きくまわりこむ形で、左端の「ヴュルツブルク門」から
町のメインストリート「中央通」に入ることになったのです。
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1200年頃のミルテンブルク城築城をきっかけにして、
ミルテンベルクは町としての発展を遂げていきます。
1379年、中央通の両端に2つの楼門を置くことで、
マイン川と山の間の細長い土地を、町として確保しました。
中央通の東端、ヴュルツブルク方面につながる出口に
建設されたのが、このヴュルツブルク門なわけです。
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つまりミルテンベルクを構成するのは、
この細長い「中央通」だけなのです。
これは…思った以上に狭い町でした。
だけどものすごくかわいい予感がします。
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しばらく行くと、新市庁舎が見えました。
町の行政の中心地「エンゲル広場」にあります。
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向かいにあるのが、フランシスコ派修道院教会。
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1667年、イタリアバロックの建築家
ペトリーニによって設計されました。

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後期バロックみたいなやり過ぎ感
(失礼)がなくて私は好きです。
だってもともと修道院ですからね。
清貧路線でいかないと。
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さあ、中央通はまだまだ続きますよ。
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これこれ。私が唯一入りたかったお店。
12世紀創業のドイツ最古の旅館「巨人亭」です。
現在の建物は、1590年に建てられたものらしい。
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この宿の凄いところは、12世紀以来、交通の要所にあり、
王侯貴族や宗教関係者を宿泊させてきた歴史にあります。
なななんと、1158年と1168年には赤髭王バルバロッサが、
宿泊したというのです。ヒルデガルトと謁見した皇帝よ!
マジですか?忘れていたご縁を、またここに確認しました。
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自家製クネーデル団子とリンゴソーダを注文。
クネーデル団子はまあ想像できた味でしたが、
リンゴソーダの濃厚でおいしかったことよ。
だって色をみてくださいよ。きっと手絞りよ。
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嬉しくなって、食後のコーヒーまで注文。
ウェイターさんに美味しさを伝えまくって、
大目のチップを置いて出てきました。
彼が作ったわけではないんでしょうけどね。
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旧市庁舎も発見しました。
1339年に最初に城門を建設したときの市庁舎です。
1階部分は倉庫に、上階は本来の業務と舞踏場に
使用されていました。18世紀にはギムナジウムに、
1824-1946年には再び市庁舎に戻ったそうです。
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マイン川は、過去に何度も氾濫を起こしています。
市庁舎の外壁にも、生々しい傷跡が刻まれています。
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町(中央通)はどこまでも続きます。
かわいい商店や個人宅が途絶えることはありません。
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聖ヤコブ教区教会。
13世紀の墓地を備える町最古の教会です。
2本の塔は19世紀の新ゴシック建築なのでアレですが、
内陣はさぞ重厚感にあふれていることでしょう。
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期待しながら中に入ったら…あれれ。
2004年に建てなおしされたばかりで、中はぴかぴか。
まあ、こうやって歴史は継承されていくのですからね。

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この教会が面しているのが、シュナッターロッホ広場。
ドイツで最もかわいいマルクト広場のひとつです。
中央の噴水は、1583年、町の石工によってつくられたもの。
ひときわ目立つ出窓のある木組の家は、ワイン酒場兼ホテルで、
すぐ横を、山上の城につながるシュロス小路が通っています。

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へそ曲がりなので、シュロス小路をあがることなく、
シュナッターロッホの塔をくぐって、山にあがることにします。
そもそもシュナッターロッホとは、「排水溝の穴」の意味。
中世には、排水溝がマイン川にまでつながっていたそうです。
それがわかると、このへんがリアルに排水溝に見えてきました。
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排水溝を通って、ミルテンブルク城に向かいます。
町を見下ろすような、暗い森の雰囲気はとても素敵です。
散歩中の市民にも何度かすれ違って、挨拶を交わしました。
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ミルテンベルクの町にあるお城が、ミルテンブルク城。
ややこしいです。ついでに言うと、州や司教区の区分もややこしい。

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12-19世紀まで、この町はマインツ司教区に続していました。
マインツ司教区はお隣のヴュルツブルク司教区に対抗していて、
境界を確保すべく、ここにこの城砦を築いたのです。
現在のミルテンブルク城は、1396年の建築です。

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でも残念なことに、「イースターまで冬季休み」でした。
ンなあほな…ドイツの冬休み期間って長すぎますわ。
でもまあ、門の隙間から中庭だけ覗いてきましたけどね。
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城内には入ることができませんでしたが、
山上からの下界の眺めはサイコーでした。
がんばって登ってきた甲斐がありましたわ。
町の歴史を全て見てきた聖ヤコブ教区教会と、
マイン川の悠久の流れを独り占めにしながら。
この光景、いつまで見ても飽きることはありません。
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だけど、日暮れは近づいてきています。
まだこの町の反対サイドは見ていないし。
そろそろシュロス小路を降りていきましょうか。
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シュナッターロッホ広場に着きました。
坂道の角度はきついけど、シュロス小路のほうが近かった。
小道に並ぶ家々の戸口を見て歩くのも、面白かったです。
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さて、中央通を町の端まで歩くことにしましょう。
ヴュルツブルク門から入って、マインツ門で終わる町。
あとの半分を歩いて、私もマインツ門まで辿りつけるかしら。
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18世紀までマインツの税関だった建物の中庭には、
この町最古の城壁が残っているということです。
19-20世紀には刑務所となり、今はホテルとなっています。
この町に宿泊するとしたら、どこに泊まるか悩むでしょうね。
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シュナッターロッホ広場から、こっち(マインツ門方面)は、
市民の生活空間と言った感じです。雰囲気は確かにいいんだけど、
お土産物屋はありません。観光客の気配はすっかり消えています。
左手にあるファウスト醸造所は、この町唯一のビール醸造所。
ここでしたわ。私が最後に買物帰りの観光客にすれ違ったのは。
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中央通がもうすぐ終わりそうな気配がするので、
最後まで歩いてみましょうか。がんばれ。がんばれ。
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町の端までキター。
マインツ門で中央通が終わると信じていたのですが、ない。
車道を先まで歩けど、城壁の跡がちょろちょろと続くばかり。
「マインツ門あっち」の看板は出てるんですけど、一体どこ?
ちょっと離れたところにあるみたいですね。
たどりつけなくて残念だな。
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でも中央通は全部歩いたし、私は多いに満足です。
さて、そろそろ駅に帰ることにしましょうか。
帰りはヴュルツブルク門までもどらなくてもOK。
途中に橋門さえ確認できたら、駅の方向がわかります。

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橋門をくぐって、ミルテンベルクの町をでます。
駅までは、たしか速足で10分くらいかかったかな。
あいかわらず、路線バスにはご縁がない旅でした。
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川岸のサッカー場で、少年たちが練習をしていました。
サッカー場って、こんなに広かったっけ?
2面あるから、広く見えるんでしょうかね?
ドイツのサッカー少年たちは、恵まれていますね。
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17時35分のアシャッフェンブルク行に、うまく乗り込みました。
車掌さんは、さっき来る途中に乗換を質問した女性車掌でした。
切符を見せたとき、私の顔を覚えていてくれたようだったので、
「ミッヘルシュタットには、結局行かなかったわ」と言うと、
「あ、そう」とあっさり返されました。
どうもすみません…せっかく助言頂いたのに。
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アシャッフェンブルク着18時20分、フランクフルト行が18時43分。
アシャッフェンブルク駅の構内をうろうろして、パンを買いました。
フランクフルトに戻ったのは19時半で、夜の帳が下りていました。
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これが「夜は危険だ」と言われる駅前のカイザー通り。
確かに危険な類の人もいますけど、人通りが多いので、
かえって安心なように、私には見えたんですけどね。
危険な目にあわないよう、足早にアパートに戻りました。

部屋に戻ると、部屋が綺麗に清掃されていました。
一週間ゴミをため、同じタオルを使用すると思い込んでいたので、
非常に驚きました。よかった~。ホテルと同じようなものなのね。

ホテルとアパートとで違う点は、朝食がでないこと。
それから、受付(管理人)との交流がいっさいないこと。
これをどうとるかですけど、私はホテルのほうがいいかも…。

ベルリンで怪我したときには、ホテルの受付の人に病院を
紹介してもらいました。ハイルブロンのホテルでも、
雑談しながら、行きたい場所を教えてもらいました。
そういうふれあいが、やはり旅の醍醐味だと思うのです。
そんな見えないものに、お金を払う価値があるんですよね。
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フランクフルト初日の夜、喉に痰が絡むのが気になりつつ、
布団に入りました。京都をでるとき、医者に10日分の薬を
もらってでたのですが、その薬は2日前に切れています。
10日も飲んだのだから、よくなったつもりでいたのですが。
ちょっとだけ、喉の調子が気になる夜でした。
さて、明日はどんな1日になるでしょうか。
おやすみなさい。

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by ottohoefler | 2015-05-17 01:38 | 旅行(Reisen)


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