2014年夏のドイツ旅行(9) / Deutschlandreise 2014 (9)

こんにちは。ともたろです。
今日でマインツに来て9日目、最後の観光日になります。
7時半に朝食に降りると、いつものように白髪婦人がいました。
明日は何時にここを発つのか、まだ決めていないといいます。
明日は逢えるのかな。複雑な気持ちを抱えながら、ホテルを出発。
10時25分発の電車でも間に合いそうですが、念には念を入れて、
9時25分発に乗りこみます。目的駅に到着したのは10時20分でした。
c0025187_0512817.jpg

シュタウデルンハイム。無人の田舎駅。
これまで何人の日本人が降り立ったのだろうか。
c0025187_161579.jpg

ここから30~40分歩いて、修道院の廃墟に向かいます。
自由に見学はできるんですが、管理者と事前に連絡を取り、
「南ドイツの団体」のガイドに合流させてもらうことになっていました。
彼らの到着に合わせて、12時に来るよう言われてたんです。
c0025187_11676.jpg

約束の時間まで1時間半あるので、多少迷っても大丈夫だろう。
駅舎を出て、言われていたとおり「Draisine」方向に進みます。
ドライジーネという単語の意味が、辞書を引いても分からないため、
自分が何を目指しているのか、この時点では分かっていません(笑)
だけど案内板があるんだから、何とかなるでしょう。
c0025187_135487.jpg

ドライジーネ専用の駐車場を抜けると(まだ意味がわからん)
自然に田舎道につながりました。素朴な村の教会を発見。
c0025187_1905.jpg

土手を上がって、線路の上に出ます。
c0025187_19434.jpg

うわ~~~映画「スタンドバイミー」の世界。
こんなとこ、人が歩いていいんかい。
(いいんです。あとでその意味が分かりました)
c0025187_1103253.jpg

「ナーエ川を渡る」とは聞いていました。
だけど、まさかこんな素朴な光景だとは。
数日前にバート・クロイツナハで見たナーエ川とは
またえらい違いです。かなり上流にきてるんでしょう。
c0025187_114139.jpg

渡り終えたら、道は自然に目的地へと繋がっています。
c0025187_1153360.jpg

ディジボーデンベルクまで0.3㎞
シュタウデルンハイムまで2.3㎞
T字路に、こんな案内板が立っていました。
つまり修道院は、駅から2.6㎞の距離ということです。
徒歩40分くらいかな。初めての待ち合わせだから、
念のため1本早い電車で来ておいてよかったなぁ。
c0025187_1192970.jpg

T字路に立つと、周囲にはこの農家1軒しか見えません。
確認できる生物は、のんびりと草をはむ牛だけ。
c0025187_1215275.jpg

その農家の隣にあるのが、私の目的地だったんです。
c0025187_1232250.jpg

Scivias…道を知れ。
このディジボーデンベルク修道院跡の管理運営母体は
「スツィウィアス財団」です。ここは若いヒルデガルトが
聖ユッタと修行に入った男子修道院の廃墟なのです。
c0025187_1252089.jpg

正面の建物は、かわいらしい博物館。
敷地内を抜けて、山に上がっていくと廃墟があるようです。
c0025187_131429.jpg

でもまだ11時10分。待ち合わせの12時には早すぎました。
c0025187_1334698.jpg

外で時間をつぶし、11時45分頃に再び敷地に入ると、
ガイドの女性が両手を広げて、待ち構えてくれていました。
なんか、彼女が古くからの知人のように思えてきました(笑)
たった数回、メール交換をしただけだというのに。
c0025187_13293544.jpg

「南ドイツからの団体の到着が遅れている」ということで、
彼女のお手製のアプフェルショーレ(リンゴソーダ)を、
ふるまってくれました。ヒルデガルトは薬草学で有名なので、
自然派食品が好きなタイプの人に、親しまれるキャラクター。
アプフェルショーレに使われたリンゴジュースと水は、
彼女自慢の地元産ビオ製品でした。(やっぱり!)
c0025187_0472886.jpg

それから私のために博物館を開けて、展示の説明をしてくれました。
規模が小さいこともありますが、ここの展示はとてもわかりやすかった。
右の壁から歩いていくと、ケルト時代の遺跡の展示から始まって。
c0025187_193875.jpg

修道院が興隆した中世盛期の遺物(ヒルデガルトの時代)
c0025187_1113041.jpg

中世が終わり、戦争や宗教改革を経て荒廃した時代の遺物。
c0025187_1145413.jpg

廃墟となった18世紀以降の遺物と、2000年の流れが一望できます。
賢い先生は、「専門用語を使わず、話が明瞭でわかりやすい」と言いますが、
この狭い博物館を整理した博物館員は、地域の歴史に精通していて、
頭のいい人なんだろうということが、伝わってきました。
それはおそらくそこにいるガイド女史なんでしょう。
c0025187_1163837.jpg

外国人の私を意識してか、彼女の説明はとても聴き取りやすい。
短時間の間に、重要なポイントをおさえて把握することができました。
c0025187_1181526.jpg

併設の売店は、ヒルデガルト関連グッズでぎっしり。
ビデオやCDも含めて、ここで70€も使ってしまいましたわ(汗)
c0025187_1221936.jpg

でも幸せだったわ~。ここの博物館の売上にも貢献できたし。
ちなみに帰国後はテレビをつけず、彼女の音楽ばかり聴いています。
c0025187_1233231.jpg

12時半をまわったころ、「南ドイツの団体」が到着しました。
ドイツ人がこんなに遅刻するのは珍しいことだと思います。
しかも代表者は「12時半の約束だと思ってた」と言うんです。
これまでは、天使のようなふるまいのガイド女史でしたが、
この遅刻に関しては、私にしつこく不満を漏らしてましたわ。

というのも、この団体のために朝7時に出勤してスープを煮込み
はりきって昼食のおもてなしの準備をしてたガイド女史。
「ヒルデガルトスープとヒルデガルトパン」は、もちろん彼女のサービス心です。
それは簡素な野菜のコンソメスープと、ディンケル小麦パンでした。
キノコやお肉が入っていないので、出汁がほとんどでてなくて…
ドイツ人の団体客と並んで、修道士のように無言で頂きました。
ドイツ人の団体客は、「ま、食べられるわね…」という反応でした。
胃にやさしいメニューで、身体も温まり、ありがたかったですけどね。
c0025187_1371729.jpg

さて、時刻は13時30分です。少し押していますね。
昼食が終了したので、山上の廃墟に向かいましょうか。
ちなみにこの団体は、シュトゥットゥガルトからの旅行グループ。
高齢女性が大部分を占め、ヒルデガルトにも精通しているようでした。
途中からいきなり合流してきた東洋人が珍しいらしく、
「ガイドの説明は理解できている?」
「なんでヒルデガルトのことを知ったの?」
と多くの人に同じような質問をされました。

面白かったのは、写真を撮る人がほとんどいなかったこと。
24名のうち(と言ってました)、カメラ持参は2名くらいでしょうか。
ガイドの説明を熱心に聞いて、質問をしたりするんですけどね。
ヒルデガルトの考えの信者集団みたいな印象を受けました。
宗教的な意味ではなく、例えば瞑想グループとかね。
あ、そろそろ前方に遺跡らしきものが見えてきましたね。
c0025187_152390.jpg

ガイド女史について、正門から修道院に入りましょうか。
c0025187_1551610.jpg

山の中の遺跡ですが、人の手が入っている感がありました。
どこにでも気持ちよく腰掛け、自然との一体感を楽しむことができます。
c0025187_1585924.jpg

正門に近いここは、シトー派の時代の一般信徒の礼拝堂跡。
11世紀以降のベネディクト派から13世紀以降のシトー派へ、
時代が変わると、所有する教団も変わっていきます。
ここには、様々な時代の痕跡が混在しているんです。
c0025187_233320.jpg

「ヒルデガルト時代の遺跡は、あまり残ってないのかな」
そんなことを考えていると、隣にいきなりテンションの上がる場所が!!!
c0025187_262436.jpg

1人ずつ階段を降りて、厳重に施錠されている扉に向かいます。
c0025187_273429.jpg

小さな穴を覗いてみたら、暗闇の奥に窓が見える!!!
c0025187_281814.jpg

ちなみに、これがヒルデガルトの代表作Sciviasの挿絵。
これを頭に入れて、窓のある暗闇の内部をイメージしてください。
c0025187_222096.jpg

若いヒルデガルトは、ユッタとともにこの修道院の尼僧庵にこもって、
尼僧の修行を始めました。修道士フォルマールが教育係に加わると、
彼はヒルデガルトの思想を口述筆記して、本の形に残しました。
有名なこの描写は、尼僧庵にこもったヒルデガルトが、
自分に降りてきたヴィジョンをフォルマールに伝えているシーンです。
尼僧庵には窓が2つしかなく、今でいう独房のような状態でした。
ひとつは教会に面した窓で、ひとつは食糧や本の出し入れ用。
そしてこの場所がヒルデガルトの庵で、あの窓が教会に面した窓…
とガイド女史がというのです。マジか―――!!!存在していたのかー!!!
c0025187_230780.jpg

ガイド女史の説明がなければ、「わ~、どこも雰囲気いいわ~」で
通り過ぎていた場所だと思います。このガイドを受けてよかった(涙)
ちなみに案内板は、黒太線がヒルデガルトのベネディクト派修道院時代、
灰色の線が13世紀以降のシトー派修道院時代を表しています。
黒太線が、ヒルデガルトが実際にいた可能性がある場所なのです。
c0025187_2412839.jpg

悲しいことに、メインの教会部分はこんな有様でして(涙)
c0025187_2431783.jpg

あまりに広いのと、あまりに自然に戻っちゃったので、
全体像がよくわかりません。1枚の写真にも入らないし。
c0025187_2441412.jpg

かろうじて残る後塵の一部に、古いバジリカの名残を感じます。
c0025187_16423195.jpg

よく説明を見たら1143年完成、14世紀に再建って書いてある(汗)
他の建物も、12世紀建造で14世紀再建のパターンが多いみたい。
一時荒廃したここの修道院を、シトー派が建てなおしたんですね。
c0025187_1655812.jpg

集会所/書庫も、12世紀に建造されたけど、14世紀に再建されたもの。
c0025187_165957.jpg

修道士たちの寝室も同様です。
c0025187_16595698.jpg

マリーエン礼拝堂は、1365年建立とわかっています。
美しいレリーフに囲まれていて、印象的でした。
c0025187_1724134.jpg

聖具室は、12世紀のそのままに。
c0025187_177533.jpg

修道士たちが、経済活動を営んでいた作業場です。
13世紀に拡張された施設ですが、あの奥の一角には、
最古の施設のひとつである、12世紀の貯水場があるはず。
c0025187_17102572.jpg

自信ないけど、この流れで撮影していた井戸を載せておきます。
これ本当に12世紀の井戸なんかな。違ってたらすみません。
c0025187_1715818.jpg

14世紀の修道院跡が、この遺跡ではもっとも迫力がありました。
c0025187_17174190.jpg

屋根こそ落ちていますが、側壁がきちんと残っているので、
整備したら、バッハラハの廃墟礼拝堂みたいに再利用可能かも。
c0025187_17193477.jpg

12世紀建造、14世紀再建の回廊跡。当時の修道士が歩いた廊下。
c0025187_1722346.jpg

13/14世紀の厨房です。大切なパンもここで焼かれていました。
c0025187_1724383.jpg

「わ~もうひとつ立派な聖堂が残ってるわ」と見てた遺構は、
あとで調べてみたら、14世紀の宿泊施設でした。
二階建で、窓枠がたくさんついているのも納得です。
c0025187_17283936.jpg

ヒルデガルト時代の一般信徒用スペースとみられています。
ここの小部屋の並びは、12世紀当時の建築のままです。
c0025187_17305338.jpg

メインの教会周辺をぐるりとまわって、ほぼ一周できたようです。
少し離れた場所にある修道士の墓所に行ってみましょう。
c0025187_1735558.jpg

墓所の横に建つのが、墓地礼拝堂。
12世紀建造、14世紀再建のものです。
c0025187_17362788.jpg

もう1周だけしながら、撮り忘れ箇所をチェックしましょうか。
そしたら、食堂横にある地下食堂を発見しました。あぶねぇ~
最近物忘れが激しいから、案内板ごと撮らないとダメダメね。
c0025187_17432499.jpg

このあたりで、時刻は16時をまわりました。
周囲がにぎやかになってきたな…と思ったら、見てください。
地元の高校生が、廃墟の清掃作業にやってきたんですよ。
作業は先生と一緒で、みんなすれ違うときに挨拶してくれます。
これは地域の若者たちに、いい体験だな~と思いました。
環境意識も高まるし、地元への愛着心も深まるし。
c0025187_174919.jpg

最後にもう一度だけ、12世紀の尼僧庵を撮影。
はてなマークがついとる…まあ、かなり古い場所ですからね。
ロマンを求めて、ヒルちゃんの小部屋ってことにしておいていいんじゃね?
私も固く信じて、このディジボーデンベルク修道院を去ることにしますわ。
c0025187_17523069.jpg

当初は一緒に廃墟をまわっていた「南ドイツからの団体」ですが、
15時をまわった頃、いきなり代表者が「バスの時間です」と宣言しました。
2時間予定のガイドツアーを半ばに、あっさり帰っていってしまったのです。
ガイド女史も引き上げてしまったので、私は1人残って撮影を続けていました。
c0025187_17582725.jpg

麓に降りていく途中にあったのが、ヒルデガルトの礼拝堂。1997年建立。
ヒルデガルトの他に、聖ユッタと聖ディジボードも奉っている記念堂です。
c0025187_182259.jpg

これで終わりだと思っていたら、さらにしっかりと外壁を残す建物跡発見。
c0025187_1844881.jpg

あとで調べたら、先ほど見た作業所の続きの棟みたい。
修道院は、ワインやビール醸造のノウハウを握っていて、
中世社会の経済活動の中核を担う場所のひとつでした。
多くの修道士たちが祈りの合間に、ここで作業をしていたのでしょうね。
c0025187_1874950.jpg

山の廃墟跡をとり囲むように、「瞑想の小道」が続いています。
ここは中世の修道僧の生活を想像しながら、1日楽しめる場所。
急いでバタバタと訪問する場所ではないのだ、と実感しました。
…な~んてまとめたけど、私はこれからバタバタ帰るよ~(笑)
なんたって、電車の時間が決まっていますからね。
c0025187_18105518.jpg

坂を下りたところで、作業服に着替えたガイド女史に遭遇しました。
男性の同僚と二人で熊手を持って、山に上がろうとしています。
これからあの美しい廃墟の整備をして、彼女の1日は終わるのね。
「私は結局6時間もここにいるわ。でも、本当に素晴らしい体験だった。
また戻ってきたい」と手を出すと、彼女も強く握り返してくれました。

「ええ、再訪を待っているわ。メールも絶対に書いてね。
だって、あなたはここに来た最初の日本人なのだから」

え~??? ひっそりと訪れている日本人は、きっといますよ。
ただ、彼女のガイドを受けた人は、私1人かもしれません。
思えばこの旅では、ガイドの恩恵を多く受けています。
知識が深まり、人の出会いが広がって、
素晴らしい体験の記憶が、蓄積しました。
c0025187_1823421.jpg

最後に、ドライジーネの正体も判明。
「ドライス走行機」という今の自転車の前身です。
トロッコのように、引かれた線路の上を走る乗物で、
ドイツの林務官ドライス氏が19世紀に発明したそうな。
線路の上を走って、歩いている私を越していきました(笑)
c0025187_20485063.jpg

最寄駅のシュタウデルンハイムについたのが、16時55分。
すると間もなく「バート・クロイツナハ」と表示したバスが来たんです。
そのバスは丘をいくつも越えて、田舎道を40分走りました。
バート・クロイツナハの駅で、見事な乗換(5分?)に成功。
最終目的地ビンゲンに、スムースに辿り着くことができました。
それが18時頃のこと。ビンゲンではワイン祭が開催中でした。
c0025187_22241627.jpg

ワインの名所ですから、各広場にワインの屋台が立っています。
c0025187_22351523.jpg

ここはヒルデガルト専用インフォメーションですが、16時まで。
「ビンゲンは、ヒルデガルト関連の場所がたくさんあるわよ」
白髪婦人が言っておりましたが、そのとおり。すごい充実ぶり。
c0025187_2229689.jpg

バジリカ聖マルティン。
1006年に存在が確認されている地域最古の教会です。
c0025187_22444778.jpg

古い地下礼拝堂には、聖ルーペルトの墓所があるため、
ルーペルツベルク女子修道院長のヒルデガルトは確実に
当時礼拝をしにきたはず…とパンフに書いてありました。
c0025187_22481715.jpg

ライン河畔にある煉瓦造りの建物。一見19世紀の電子機器会社。
看板をよく見ると、これがビンゲン博物館でした。(わかりにくいわ)
ここには、ヒルデガルト関連の展示がたくさんあるらしいんです。
c0025187_22523326.jpg

隣には、彼女にまつわる植物が植えてある「ヒルデガルテン」。
Hildegartに、庭という単語のGarten(ガルテン)をひっかけてます。
c0025187_22555629.jpg

ビンゲンは、ナーエ川を挟んで、中央駅側と旧市街に分かれています。
中央駅に着いたら、とにかく一度川を渡らなくちゃいけないんですね。
私も一度川を渡って、旧市街側に移動してきたのですが、
次の目的地に行くため、再び川を渡っています。(しんどいわ)
c0025187_2321239.jpg

橋を渡り終えたあと、川に沿って、坂道を上っていきます。(しんどい)
白髪婦人は「普通の黄色い家よ」と言ってましたが、これがもしかして…
c0025187_2342036.jpg

旧ルーペルツベルク修道院の正門アーチ跡。
1150年建立、1632年破壊。
c0025187_2395283.jpg

こちらが、もっと物悲しい正面の図。
ネオンのネイルサロンが隣にあるのも、諸行無常。
たしかに、400年も前に失われた修道院ですけどね(涙)
c0025187_23151392.jpg

この黄色い家の後ろからは、旧市街の丘の上に建つ
クロップ城を目視することができます。その城がこれ。
画家グリューネヴァルト(1470-1528)は1510年にこの城を訪問中、
対岸のルーペルツベルク修道院の姿を見て、感銘を受けました。
世界的に有名な「イーゼルハイムの祭壇画」を描いたときに、
この修道院のアーチ建築を反映させたんだそうです。
c0025187_23363774.jpg

黄色い家から、数分歩いた交差点にあるのが、
聖ルーペルトと聖ヒルデガルト教会。
c0025187_23391917.jpg

大樹の付近に、よく見るとヒルデガルトがいます。
c0025187_2340436.jpg

「1147-1179年まで、ここに預言者ヒルデガルトが住む」
守護聖人ルーペルトとヒルデガルトの聖遺物が祭られている教会。
翼堂のステンドガラスには、ヒルデガルトの生涯が描かれていると言います。
くぅぅぅ~せっかくビンゲンにいるのに、時間がないのが悔やまれますね。
ヴォルムス行きが失敗だったのか。いや、それを考えるのはやめとこう。
c0025187_23541292.jpg

1892年建立の立派なネオゴシック様式の教会でした。
ここに寄るのも次の課題ということにして、もう町に戻るね。
さようなら、ヒルデガルト教会。また近いうちに。
c0025187_003236.jpg

川を渡って旧市街に戻ると、もう20時をすぎています。
名所をまわるのはやめて、屋台で夕食にしました。
c0025187_013128.jpg

薄いピザのようなプファンクーヘン・アルザス風。
どこの町の屋台でも目に付くので、気になっていたのです。
薄くて、軽くて、ワインのつまみにはぴったりでした。
c0025187_035125.jpg

すっかり夜の帳が下りたビンゲンの町。
c0025187_054714.jpg

ゴハンを食べたりしているうちに、21時が近くなってきました。
私がなぜこの時間までビンゲンに残っているかというと。
c0025187_084616.jpg

花火キタ―!!! この打ち上げの瞬間を待っていたんです。
c0025187_0113989.jpg

ナーエ川の水面に反射している花火が見えるでしょうか。
驚くべきことに、打ち上げ場所はさっき渡った橋の上でした。
なんか工事のおっちゃんが神経質に追い払うと思ったんですわ。
c0025187_012170.jpg

もっと驚くことはね、この画像がクライマックスだってこと(汗)
それからもうひとつ、ぴったり21時15分に終わってしまったこと。
ハイレベルな花火の打ち上げに慣れた日本人の私は、腰が抜けました。
全く違う意味で、世界との大きな差を感じた夜でした。

これをもって、私の旅程は全て終了。
21時56分の電車に乗って、22時半頃マインツに戻りました。
悔いは残るけど、やれることはもう全部やったよね。
自分を褒めたいくらい、今回はよく動きまわりました。
[PR]
by ottohoefler | 2014-09-22 00:42 | 旅行(Reisen)


見てるだけでシアワセな気分になれる身のまわりのモノたちをおひろめしています


by ottohoefler

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カテゴリ

全体
自己紹介・リンクについて
ケメ子が一番(Katze)
旅行(Reisen)
ヴィンテージ
家具・雑貨
和の器
ファイヤーキング
オールドパイレックス
映画
かわいいもの発見
おいしいもの発見
未分類

以前の記事

2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
more...

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧