2014年夏のドイツ旅行(7) / Deutschlandreise 2014 (7)

こんにちは。ともたろです。
ドイツに着いて今日で7日目、実質は6日目の旅が始まります。
月曜日というのは、ドイツ旅行では気を付けなければいけない曜日。
博物館等の施設がお休みで、行動範囲が限定されるからです。
土日は特別企画があるけど、鉄道が休日ダイヤで動きにくい。月曜は閉まってる。
ですからこの三日間はよく考えて、旅行計画をたてる必要があります。
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本日のスタートは、Bad Kreuznach(バート・クロイツナハ)。
Badで、温泉施設のある高級保養地であることは想像できます。
ここに来ることは、日本ではまったく考えていませんでした。
白髪女性に教えてもらって、ホテルで練り直した計画なのです。
この町を拠点に、ヒルデガルト関連の旅が再び展開していきます。
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マインツ発9時、バート・クロイツナハ到着9時25分。
各駅停車で乗換なし。検札の車掌も来ませんでした。
駅前に降り立つと、すぐ目に入るのが聖十字教会。
2008年に建てられた新しい教会のようです。
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時間があるので入ってみたんですが、誰もいません。
教会に1人で入ると、泥棒の気分になってしまう異教徒の私。
手持無沙汰だったので、すぐに駅前のバスターミナルに戻りました。
9時50分発のバスで、小旅行をしなければなりませんでしたから。
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白髪婦人の助言に従って、運転手さんに行先を告げます。
「Sponheim(シュポンハイム)まで、往復1枚」
「シュポーーーーンハイム!8.5€ね」
私のほかに、7~8名の地元民が乗り込みました。
その大部分が町はずれで降り、私をふくめた2名だけが残ります。
小さな村をいくつか通過して、10時33分にシュポンハイムに到着。
予想に反して、運転手さんは外国人の私に、「ここだよ、降りて」
と声をかけてはくれませんでした。自分で確認して降りたのです。
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参考までに、こちらがバスの時刻表。
最寄の鉄道駅バート・クロイツナハに出るバスが少ない。
平日の今日に関していえば、12時28分か17時35分。
「よし、12時半のバスで戻ろう」と私は意を固めました。
この村の滞在予定時間は、2時間ということになります。
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バス停前に建っているのが、村役場です。
19世紀半ばに建てられた新ゴシック建築で、
なーんにもない村ではひときわ目を引きます。
横の坂道を上がっていくと、目的の教会があるらしい。
バス停で草刈をしていた村民に聞いて、確認しました。
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シュポンハイムは、住民800人の小さな村です。
ここに観光に来る日本人は…おそらくそういません。
私が歩くと、住民が出てきて、やたら声をかけられました。
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そんな小さな村に、なぜ私がやってきたのかというと、
Jutta von Sponheim、つまり聖ユッタの出身地だから。
聖ユッタ(1092-1136)は、この地方の有力者の娘でした。
実弟フーゴは、ケルン大司教の地位にまで登りつめています。
彼女はベネディクト会修道院ディジボーデンベルクに身を寄せ、
修道女として庵を営み、年下のヒルデガルトを教育しました。
ヒルデガルトの持つ幅広い学問知識は、この聖ユッタによる
熱心な教育の賜物と言っていいでしょう。いわば恩人なのです。
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「道を知れ」
道がわかると、知らない土地での不安が消え去りました。
徐々に見えてきたこの教会が、私の第一訪問地なのです。
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カトリック教会「聖マリアと聖マルティン」。
今は村の小さな教会にすぎませんが、
ユッタの父シュテファン・フォン・シュポンハイム伯により、
1101年に起工された修道院が、ここの前身になります。
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隠秘学者ヨハネス・トリテミウス(1462-1516)
23歳のときに、彼はここの修道院長に抜擢されました。
荒廃していた施設を立て直し、図書館に2000冊の本を揃えて、
人文学者が注目する当代随一の修道院に成長します。
まあ、彼が去ったあと、また荒廃するんですけどね。

ライン川流域の修道院をまわって、実感したことがあります。
中世に興隆を極めたドイツのカトリック関連施設の多くは、
16世紀の宗教改革、さらに19世紀のナポレオン略奪を経て、
酷く破壊されて現在に至っていること。荒廃の理由は、
もっとあるんだろうけど、少なくともドイツ人の間では、
この二つが近代以降の二大ダメージになっているんですね。
どこに行っても、「ここでもあのナポレオンが…」ときますから(笑)
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500年前は、知識人たちの注目の的だったんだろうけど、
今は村人に愛されながら、ひっそりと町はずれに佇む教会。
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さあ、中に入ってみましょうか。
また泥棒の気分になりつつありますけどね。
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扉を埋めた跡も気になります。何があったんだろう。
オルガンは普通は後方の2階に置いてあるよね~。
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後ろはこんな寸詰まりだから、オルガンが置けないのか。
「ここの長堂は未完成のまま、ギリシア十字の形になっている」
との説明書があります。13世紀から未完成かぁ。じゃ仕方ない。
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裏手には、村民の墓地がありました。
どこも美しく花壇が整備されていたなぁ。
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墓地からは、シュポンハイムの丘陵地が一望できます。
死後にも村を見守るには、ここは理想的な位置ですよね。
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これにて、シュポンハイムの観光は終了。
「マルクト広場」とか「なんとか教会」とか「中央駅」とか、
通常あるようなランドマークが、この村にはありません。
ネット検索したときに、シュポンハイムの中心部の
停留所が把握できなかったのはそのせいです。
だってバス停表記にある名前は、「泉」とかだもんね(笑)

「バス運転手を頼りなさい。ここで降ろしてと常に声をかけなさい」
白髪婦人には、そのようにアドバイスされていました。
「シュポンハイムの旅は、一種の冒険なのよ」とも。
切羽詰まった臨場感はありませんが、これは確かに冒険です。
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さあ、次の目的地へ向かいましょう。
バス停に戻り、先ほど村人が教えてくれたとおり、
バスがやって来た通りを、引き返します。
少し歩いていくと、そこには「泉」がありました(笑)
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泉の向かいに建っているのは、村の戦没者記念碑。
19世紀後半から第二次大戦にかけての戦没者名が刻まれ、
「安らかに眠れ」というレリーフが埋め込まれています。
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ここまできて、どうやら村は終わった模様。
「ワインの村シュポンハイムへようこそ」
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看板の隣にある「最後の家」(村人の言葉)を曲がって、
丘の上に歩いていけばいいのです。ほら、見てください。
「Burgsponheim(ブルクシュポンハイム)」の案内板発見。
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この「ブルクシュポンハイム」という言葉なんですが、
私は単純に、「シュポンハイムのBurg(城)」だと思ってました。
だって私は、Burg(城)だけを目指している人間ですから。
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よく考えたら、「(城跡が残る)集落名=固有名詞」なんですね。
このとき私は、丘の上の別の集落に向けて歩き出したわけです。
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行けども、行けども、ずーっとこんな光景。ウィンドウズかっ!!!
1本道を30分近く歩いて、ようやく集落が見えてきました。
これがいわゆる「ブルクシュポンハイム」なんですね。
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ちなみに白髪婦人は、ここまでバスで来ています。
たしかに麓のバス停から、1日1本(笑)バスが出ていました。
「だけどここにも、バス停があってないようなものだから、
常に、私を降ろしてと言い続けなさい」と言ってました。
「バスを降りた後、わからなかったら家の2階を見あげなさい。
暇なお年寄りが見おろしていて、道を教えてくれるから」とも(笑)
私が歩いたときは、誰も顔を出してませんでしたけどね。
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ここまでの道は1本なので、迷いようがありません。
やがて、「プロテスタント教会」が見えてきました。
田舎なのにモダンデザイン。ムーミンのミーみたいなフォルム。
情報を知っていた私は、この教会を確認して、より安心しました。
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さらに道を進みます。
集落の隙間から、ブルクらしきものが見えて、
次第にテンションが上がってきました。
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さあ来た、シュポンハイム城跡だ!
この階段をあがっていきますぞ!!!
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夏草や 兵どもが夢のあと。
私以外、ここには誰もいません。
古城を独り占めしている瞬間です。
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1000年に建立、1127年に初めて公文書に記録される。
シュポンハイム伯の居城だったが、1620年に軍隊により破壊、
現在原型を保つのは、13世紀初頭に建立された22mの塔。
読めない箇所があるので、つまみ読みしました。
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残念ながら施錠されていて、塔の内部には入れません。
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階段が見えたから、上がれるようにはなってる模様。
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13世紀だから、「ユッタ自身が住んでいた塔」ではないのです。
だけど、ユッタの血縁者が住んでいたのは間違いありません。
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ユッタを追って、ここまで来てしまった。感動。
道を教えてくれた白髪婦人には、ただただ感謝。
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それでは、シュポンハイムのバス停まで戻りましょう。
村人には、「バス停から歩いて2.5㎞」と言われました。
たしかに40分の移動時間は見ておいた方がいいですね。
ちなみに遠方左手に見えるのが、最初に訪問した教会です。
右手にも教会の尖塔が見えますが、ここに寄る時間はありません。
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速足で草原を駆け抜け、なんとか12時20分に、
バス停まで戻ってくることができました。はぁ~。
しかしここにきて、小さなアクシデントが発生します。
12時28分のバスが、いくら待っても来ないのですわ。
村の青少年も同じくイライラしながら待っているので、
まさか「今日は来ない日」ってわけではないでしょう。
結局13時をまわって、ようやくバスが到着しました。
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なんでバスが30分も遅れてきたのか。
なんで運転手の横に女性が乗っているのか。
その理由は、運転手が初心者だから。
この金髪女性は、運転手の教官だったのです。

 女 「はい、そこでブレーキ。スピード落としながら、ゆ~っくり曲がって」
 男 「うひゃ~~っ!なんてハンドルが重いんだ。このバスはっ」

こんな会話を交わしながら、運転しているんですよ(涙)
停留所で乗ってくる客は、みんな文句たらたらです。
1日3~4本しか走らないバスなんですから。

 客 「遅いわ!おかげで予定の電車に乗れないじゃないの」
 女 「運転手が初心者だからです(きりっ)」←謝らない。

普通自動車免許を取るとき、いきなり車道へ出るとは聞いたけど、
まさかバス運転手も同様だったとは。ドイツ恐るべしです。
でもできれば、便数がたくさんあるバスで練習してほしいな。
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なにはともあれ、バート・クロイツナハに戻ってきました。
人口44000人、ナーエ川沿に栄えるワインの産地です。
長いショッピングストリートを抜け、旧市街に向かいます。
最初に見えてくる広場が、17世紀から栄える穀物広場。
現在も週末になると、ここで市が開かれているようです。
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同時代に建立された、ルター派ヴィルヘルム教会の塔。
アイスで大きさを表現しているわけではありません。
久々にありついた食物に喜んでいるだけです。
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1495年の公文書に出てくる町のシンボル、橋の家。
このへんの美しい風景は、「小ベニス」と呼ばれているとか。
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奥にかかっているのは、ヴィルヘルム橋。
橋の麓には、16世紀の錬金術師ファウスト博士が住んでいた
「ドクターファウストハウス」があります。バスで往復したのに、
写真に収めるチャンスをとうとう逃してしまいました。無念。
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中州にあるパウルス教会は1332年建立、1781年再建。
1843年に、カール・マルクスがここで結婚式を挙げました。
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対岸の旧市街は、木組の美しい街並が印象的でした。
でもそろそろ、次の目的地に移動しなければいけない。
この奥でUターンして、バート・クロイツナハ駅に戻ります。
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シュポンハイムからバート・クロイツナハに戻ったのが13時半。
この駅からは、ビンゲン行きの電車が毎時41分に出ていました。
最初から14時41分に乗るつもりで、町を散策してたのです。
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ビンゲンで乗り換えて、辿りついたのがバッハラハ。
ライン川下りの途中駅で、中世の街並を残す観光名所でした。
かわいいんだけど、ここは「真ん中」すぎて下船しにくいんですよ。
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しょっぱなに、かわいい木組の市庁舎が待ち構えています。
やばい、この町はガチにかわいい予感がするわ。
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中央にメインストリートが1本、城壁に平行して走っています。
そこに並ぶ家がすべてかわいい。脇道にそれてもかわいい。
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1368年に建築された「アルテス・ハウス」は残念ながら現在修復中。
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同時期に金貨が鋳造されていた「ミュンツェ(硬貨)」は今も営業中。
もちろん、硬貨鋳造はしておりませんぞ。レストランとしてです。
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どこが見所かわからないので、手当たり次第脇道にそれてみます。
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ライン川の方に1本入ると、こうして城壁が守ってくれています。
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14世紀に、町を取り囲む形で建てられた城壁の16の塔のうち、
9の塔が残っているそうです。塔を抜けたら向こうはライン。
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塔の内部は、レストランや住居になっていたり。
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犬を連れて散歩したり。町の人が普通に暮らす空間なんです。
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郵便局だったレストラン「ポストホーフ」でトイレを借ります。
そのとき背後に見えたのが、廃墟の礼拝堂。これは見たい!
でもこの時点で、バッハラハの残り時間が45分でした。

私はそもそも、山上のシュターレック城に行ってみたかった。
バスが運行しているわけでなく、インフォメーションの人には、
「タクシーで行きなさい。9€だから」と勧められていました。
疲れていたし、あきらめかけていたんですが、この廃墟を見て、
山に登ってみることにかけたんです。制限時間45分でね。
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必死に登って、ヴェルナー礼拝堂跡にはすぐに着きました。
13世紀にゴシック教会として建設されたこの礼拝堂は、
1689年のプファルツ継承戦争の戦火で廃墟になります。
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現在は改修されて、このように再利用されているんですね。
屋根はないけど、山の中腹で、最高のロケーションです。
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息切れしながら、さらに山道を登ります。
坂の角度はすごかったけど、距離はそうでもなく、
たった15分で目的のシュターレック城に到着。
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11世紀にケルン大司教によって築城されたこの城は、
現在ではユースホステルに生まれ変わっています。
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歴史遺産をこういう形で有効利用しているのが、
ドイツの太っ腹なとこですよね。安く泊まれるのがいいな。
私?私は意外と神経質なので、ユースはちょっと…。
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ここまで高いところに来ると、ラインの眺めも最高です。
達成感もあるし、やっぱり無理して登ってよかったな。
でも船の時間が気になって、下りは10分で転がるように降りました。
結局、私はたった30分で山を往復したことになります(笑)
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バッハラハの滞在時間は2時間。なんて慌ただしい旅。
これからさらに厳しい目標を、私は設定していました。
先ほど書いたとおり、バッハラハはライン川下りの中間地点。
お隣のカルプから、下流のリューデスハイムまでは、
船でライン下りを体験しているんですが、上流は体験していない。
バッハラハから、いっそのこと終点コブレンツまで船に乗ろうか。
夕方だというのに、そんなバカげた計画を抱いているのです。
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17時15分バッハラハ発→20時10分コブレンツ着。
これから3時間の船旅を楽しみたいと思いま~す。
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乗船してすぐに見えたのが、おなじみカウプのプファルツ城。
ライン川の中州に浮かび、船の通行税を徴収していた城です。
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グーテンフェルス城。ここも数日前に見たね。
13世紀に築城、現在は個人所有のホテルになっています。
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12世紀に築城されたシェーンブルク城。
ピンクの壁があまりシェーンに(美しく)見えなかったけど。
こちらも現在はホテルとして営業中だそうです。
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ライン川が大きく蛇行した難所にそびえる岩山がローレライ。
航行中の船がここで頻繁に事故を起こしたため、
「金髪の美女がいる」という設定になっています。
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岩肌に「ローレライ」って書いてる!安心しました(笑)
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これが、有名なネコ城。
ネコの名をもつカッツェネルボーゲン伯爵の居城でした。
現在はなんと日本人が所有しているそうです。
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ラインフェルス城。
こちらも13世紀にカッツェネルボーゲン伯により築城。
現在はザンクトゴア市の所有になっています。
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ネコに対抗して、ネズミ城と呼称されたお城。
現在は個人所有で、内部見学はできないとか。
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ふと周囲を見渡すと、甲板にいるのは私1人。
あまりの寒さに、みんなレストランにこもっているのです。
「最後まで頑張ったら凍死しそう」と判断し、私もついに中へ。
チーズケーキを頼んだら、生地がモロモロで…正直微妙でした。
でも珈琲をポットで頼んだから、身体が温まりましたよ。
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マルクスブルク城。
一見新しく見えますが、実は戦乱の破壊を免れて、
中世の面影を最もリアルに残すお城と言われています。
13世紀に税関施設として築城され、現在は個人所有です。
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最後に見えてくるのが、エーレンブライトシュタイン城塞。
「コブレンツにキター」ということを実感させてくれる地点です。
西暦1000年頃に城(ブルク)として築城されましたが、
増築を重ね、城塞(フェストゥンク)へと変貌した模様。
これまで見てきた古城とは、迫力が違いますものね。
現在は、博物館とユースホステルを兼ねているそうです。
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予定より20分早く、船はコブレンツに到着しました。
長旅だった…ザンクトゴアを過ぎたら、見所は多くなかったし。
その情報は体験記を読んで、私も分かっていました。
それでも一度だけ、全行程を体験したかったんですよ。
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最後の目標を達成しに、Deutsches Eckに向かいます。
ドイチェスエックとは、ライン川とモーゼル川の交差点。
ドイツを代表する2つの大河が交わる「角(エック)」のこと。
その角を見てから、私はコブレンツに別れを告げたかった。
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しかーし!コンサート開催につき、「ドイツの角」閉鎖中(涙)
いかついガードマン曰く、「入りたいならチケット買えば」。
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仕方ないから、角をぬかしてモーゼル川だけ別撮りしました。
こんなことあるんですね。はるばるこの「角」を見に来たのに。
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「角」のすぐそばに建っていた聖カストア教会。
9世紀に建築されたバジリカ式聖堂です。
入れなかったけど、歴史ある教会だったんですね。
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様々な時代の建築様式が融合した市庁舎。
暗くなりかかっているため、ほとんど鳥目になってる私。
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ヘルツ・イエヅ教会は古そうに見えますが、19世紀建立の教会です。
私は寄り道をしているのでなく、普通に駅に向かっているんですよ。
なのに接近の気配が感じられない。こんなに日が暮れてしまった。
「ドイツの角」から「中央駅」までの道のりが、遠すぎるんですね。
コブレンツ広いわ。歴史もあるし、さぞ見応えがあったのでしょう。
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結局、コブレンツ中央駅にたどり着いたのが、20時50分です。
船で着いたのが19時50分ですから、ちょうど1時間歩きました。
20時53分の電車で、1時間40分かけてマインツへ戻ります。
そうなると、ケバブ屋で夕食を買う以外、生きる道はないでしょう。

怒涛の月曜日は、こうして終了しました。
ドイツは、すでにかなり寒くなっています。
これが9月初旬なんて信じられないくらい。
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by ottohoefler | 2014-09-20 00:20 | 旅行(Reisen)


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